力(できる)

福音メッセージ

この世の中で、多くの哲学、多くの教理、多くの方法がありますが、すべてが人に善を行なうようにと教えています。
しかしながら、人々はこれらの方法を行なうことができるのでしょうか?
すばらしい宗教、すばらしい人生哲学がありますが、人々は依然として混とんとしています。
なぜ混とんとしているのでしょうか? それは方法がないからでしょうか?
そうではありません! それは、人の力がないからです。

御言葉 : ローマ人への手紙 第7章18節
わたしは善をしようと欲するのですが、善を行ない出すことはないからです」(ローマ人への手紙 第7章18節)。

パウロは、ローマ人への手紙 第7章でわたしたちに告げていますが、彼はむさぼりに打ち勝とうとしますが、勝てませんでした。彼は「むさぼってはならない」という戒めを守ろうとすればするほど、ますます失敗します。むさぼりは、また欲であり、パウロには耐えることができませんでした。ですから、彼はこのように言いました、「わたしは善をしようと欲するのですが、善を行ない出すことはないからです」。あなたはパウロと同じであり、自分の内側にあなたが自由にできない力があることを見いだしたかもしれません。この力は、「欲」、「癖」、「依存」とも呼ぶことができますが、いずれにしても、それはあなたの内側で力強く、あなたを制御し、腐敗した事柄を自分の意志に関係なく行なわせてしまいます。しかし、あなたが善を行なおうとしたとき、それが内側で頑固にあなたと争い、そしてあなたを捕らえて、あなたが行ないたくないことを行なわせます。結果的に、あなたは、「わたしは善をしようと欲するのですが、善を行ない出すことはないからです。わたしは自分の欲する善を行なわず、かえって自分が欲していない悪を実行しています」(18節―19節)と感じます。

御言葉 : ローマ人への手紙 第1章16節
「福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、すべて信じる者を救いに至らせる神の力です」(ローマ人への手紙 第1章16節)。

ローマ人への手紙 第1章16節は言います、「福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、すべて信じる者を救いに至らせる神の力です」。この「力」はどんな障害をも打ち破ることのできる強大な力です。この力は、復活したキリストご自身です。彼は命を与える霊であり、信じるすべての人を救いに至らせます。信じる人を神の罪定めと永遠の滅びから救うだけでなく、彼らの天然、自己から救い、彼らが聖別され、造り変えられ、聖徒たちと共に建造されてキリストのからだとなり、彼の豊満と表現とならせます。これは神の力が成し遂げる、完全で全体的な、終極の救いです。

御言葉 : ローマ人への手紙 第8章2節
「なぜなら、命の霊の法則が、キリスト・イエスの中で、罪と死の法則から、わたしを解放したからです」(ローマ人への手紙 第8章2節)。

パウロはローマ人への手紙 第8章で言います、「命の霊の法則が、キリスト・イエスの中で、罪と死の法則から、わたしを解放したからです」。罪の法則は、人の中で自然に起こる罪を犯す力であり、人を罪の奴隷とします(ヨハネによる福音書 第8章34節)。ですから、人には助けがなく、罪によって制御され、操られて、自分の意志に反して多くの事を行ないます。死の法則は、人を弱くし、しなびたものとし、老死させる天然の力であり、人の中に住んで、人のあらゆる部分を衰弱させ、死なせます。一方で、死は人の能力を失わせ、もう一方で、人の感覚を失わせます。そして人が善を行なおうとする時、無力にし、罪を犯す時、無感覚にします。命の霊の法則の働きは、わたしたちの霊の中の、手順を経た三一の神の働きです。それはまた、わたしたちの中での、命における三一の神の働きでもあり、肉における罪の法則の働きからわたしたちを救います。

パウロの経験を通して、わたしたちははっきりと知りますが、罪の中で死んでいる弱い人であるわたしたちは、いかなる方法、努力、宗教によってもいやされることはできません。この生ける救い主、すなわちイエス・キリストが彼の力の命を用いなければ、わたしたちを死と弱さから救い出すことはできません!

御言葉 : ローマ人への手紙 第16章25節
「神は、わたしの福音……にしたがって、あなたがたを堅固にすることができます」(ローマ人への手紙 第16章25節)。

パウロは言いました、「神は、わたしの福音……にしたがって、あなたがたを堅固にすることができます」。この堅固にすることは、神の純粋で完全な福音、すなわち、すべてを含むキリストの宣べ伝えにしたがっています。ですから、わたしたちが救われる道は、主の福音の言葉を聞くことによります。主は、ヨハネによる福音書 第5章24節で言います、「わたしの言を聞いて……信じる者は、永遠の命を持っており……死から命へ移っているのである」。いかなるとき、いかなる場所においても、人は彼の言葉を信じて彼を救い主として受け入れるなら、彼は人の内側に入り、人に彼の命を得させ、救いを得させます。

聖書における福音の言葉は、どんな言葉でも、あなたが信じて受け入れるなら、あなたは主の命を得ることができます。主のこの命の力は、弱い人を強くならせ、人が逃れられないものから逃れさせ、人が行なうことができないことを人に行なうことができるようにさせます。今日、あなたが彼を救い主として受け入れて、命の救いである彼を得ることができますように。

詩歌(死は命とどめ得ず)   習志野に在る教会作成

JGW日本福音書房発行「ミニストリーダイジェスト」
第3期第3巻より引用