イエスの霊

真理

エゼキエル書が啓示している宮のどの部分も、すべて木の羽目板が張り巡らされています(第41章16節)。木は人性、特に主イエスの引き上げられた人性を表徴します。今日、このように引き上げられた人性は、イエスの霊(使徒行伝第16章7節)の中にあります。神の霊がイエスの霊と呼ばれるのは、その人性の要素に重点があるからです。この霊の中に神性と人性があります。この霊は神の霊であり、神の神性を持っており、またイエスの霊でもあり、人性をその中に持っています。

イエス
イエスというこの名は神からのものです。御使いガブリエルはマリアに、彼女が胎内に身ごもった男の子をイエスと呼ぶように告げました(ルカによる福音書第一章三一節)。後に、主の御使いがヨセフに現れ、また子供の名前をイエスとするように告げました(マタイによる福音書第一章二一節)。「イエス」はギリシャ語ですが、ヘブル語でのヨシュアに等しく(民数記第十三章十六節)、意味はエホバ・救い主、あるいはエホバの救いです。イエスは人であるだけでなく、さらにエホバです。またエホバだけでなく、エホバがわたしたちの恵みと成られた方です。

軽べつされたナザレ人
マリアはナザレで子供を身ごもりました(ルカによる福音書第一章二六節―二七節三一節)。ところが、ミカ書第五章二節の預言によれば、キリストはベツレヘムで生まれなければなりませんでした。神の主権ある按配の下で、皇帝アウグストはローマ帝国の最初の人口調査を命じました(ルカによる福音書第二章一節―七節)。マリアとヨセフは彼らの故郷ベツレヘムに戻されてしまいました。彼らがベツレヘムに着いた直後に、イエスは生まれました。ヘロデ王の憎しみとねたみのために、この子供、イエスを殺そうとしました。その時、ヨセフは夢の中で導かれ、子供を連れてエジプトへと行きました(マタイによる福音書第章二章十三節―十五節)。ヘロデが死んだ後、聖なる地に戻りました(第二章十九節―二〇節)。ヨセフは帰ってみると、ヘロデの息子のアケラオがその地を治めていたことがわかったので、彼はベツレヘムの周辺の領地にとどまることを恐れました。ですから、彼はナザレへと移り、イエスはそこで育ったのです(第二章二一節―二三節)。こうして、イエスは「ナザレ人イエス」と呼ばれるようになったのです(第二六章七一節マルコによる福音書第十章四七節)。

イエスはベツレヘムで生まれましたが、彼はガリラヤ出身のナザレ人として見られていました(ヨハネによる福音書第七章五二節)。当時、ガリラヤは人々から軽べつされていた町でした。なぜなら、ある人たちは純粋なユダヤ人ではなく、混血の人たちであったからです。その地域の人たち、ナザレの町に住んでいた人たちは軽べつされていました。イエスが人と成られたとき、最も卑しい地位と階級を取られました。ですから、ピリポがナタナエルの所に行き、彼がメシアに出会ったこと、それはナザレ人、ヨセフの子であると告げました。直ちにナタナエルはこう言いました、「ナザレから何の良いものが出るだろうか?」(ヨハネによる福音書第一章四五節―四六節)。

主はナザレ人であり、乾いた地から出る根のように育ちました。彼には、わたしたちが見るべき形もなく、威厳もなく、わたしたちが慕うべき美しい姿もありません。彼はさげすまれ、人々に捨てられ、悲しみの人で、苦労を知っていました(イザヤ書第五三章二節―三節)。しかし、彼の中には神の栄光がありました。

大工、大工の息子
主イエスは、一大工、大工の息子でした(マルコによる福音書第六章三節マタイによる福音書第十三章五五節)。主はダビデの王家の子孫の一人でしたが、彼は大工の息子でした。彼を退けた人たちは尋ねました、「この人は大工ではないか?」。彼らは軽べつの意味を込めて「大工」という言葉を使ったのです。彼らは彼の教え、彼の知恵、彼の力ある働きに驚嘆しましたが、彼のことを低い身分の人と見なしました。

奴隷
主イエスは言います、「というのは、人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためであって、多くの人の贖いの代価として自分の命を与えるためだからである」(マルコによる福音書第十章四五節)。これは、主イエスが彼の命をもってでさえ、罪人たちに仕える神の奴隷であることを言っています。ピリピ人への手紙第二章七節は言います、彼は「かえってご自身をむなしくし、奴隷の形を取り、人の姿になられて」。肉体と成られた中で、主は彼の神聖な性質は変えられず、しかし彼がもともと持っておられた神の形としての外側の表現は奴隷の形へと変えられました。

人の生活の中で、主イエスは奴隷の形を取られ、神と人に仕えられました。彼は神の奴隷だけではなく、人に対しても奴隷でした。新約の用法によると、「奴隷」というのは身を売り、すべての権利を失った人を指しています。主は地上で人として、このように権利のない人でした。

人の子
マタイによる福音書第八章二〇節で主は言われます、「きつねには穴があり、空の鳥にはねぐらがある.しかし、人の子には枕する所もない」。主イエスは彼の生活の中で、いつも人の様を表現されていました。ですからピリピ人への手紙第二章七節から八節で、彼は神の形を持っていましたが、かえってご自身をむなしくし、奴隷の形を取り、人の姿になられたと言います。「姿」というのはその外観のことです。キリストの人性における外側への表現としては、人に向かって、人の外観、姿を現していました。彼は人として、何も固守されませんでした。かえってご自身をむなしくし、十字架の死に至るまで従順になられました。

引き上げられた人性の中のかぐわしい美徳
神は肉体のイエスとなって、地上での生活において、彼のかぐわしい美徳を通して、彼の人性の中で、神の全体的な豊富の性質を表現しました。神は愛、光、聖、義です。神のこれらの性質は、イエスの人性から表し出され、彼のかぐわしい美徳となります。四福音書を読んだ人はみな、その中のイエスの記載は甘く、かぐわしいものであると感じます。

たとえば、ある人が小さい子供たちを連れてイエスの所へ来て、彼に手を置いて祈っていただこうとしましたが、弟子たちがその人をしかりました。そのときイエスは言われました、「小さい子供たちに、来るがままにさせなさい.わたしに来ることを妨げてはならない.なぜなら、天の王国はそのような者たちのものだからである」(マタイによる福音書第十九章十三節―十五節)。そして子供たちのために手を置かれました。神は知者を辱めるために、この世の愚かな者、弱い者、さげすまれた者を選ばれました(コリント人への第一の手紙第一章二七節―二八節)。彼の愛、寛容、恵みの赦しにより、弱くて、役立たない人を召されます。イエスは彼の人性の中で、神のこのような性質を表現されます。

マタイによる福音書第四章の記載によれば、主イエスはガリラヤの海のほとりを歩いている時、ペテロ、ヨハネ、ヤコブたちが網を打ったり、網を繕ったりしているのをご覧になったとき、彼らを召して言われました、「わたしについて来なさい」。すると彼らは直ちに網を繕うのを止め、また舟も、父親も残して彼に従って行きました(一八節―二二節)。これは、主イエスにおいて、人を引きつけ、奪い、魅了する、ある種のかぐわしい力が表し出されたに違いないことを言っています。

イエスが人を引きつけ、魅了するかぐわしい美徳を表し出すことができるのは、彼の肉体の中で彼の人性の命を生きることによるのではなく、彼の復活の中で、神聖な命を生きることによります。彼は肉体の中にありますが、彼は肉体の中で、彼の人性の命を生きられたのではなく、彼は復活の中で、彼の神聖な命を生きられました。これがイエスの引き上げられた人性です。

イエスの霊

「その霊はまだなかったからである」――ヨハネによる福音書第七章三九節
ヨハネによる福音書第七章三九節には非常に不思議な言葉があります、「その霊はまだなかったからである」。そのとき神の霊はすでにありました。しかしこの節は、その霊はまだなかったと言います。なぜでしょうか? それはまた、「まだイエスの栄光が現されていなかったので」と言っています。わたしたち多くの人は、主が昇天されたときに栄光を得られたと思っていますが、それは正確ではありません。ルカによる福音書第二四章では、主は復活の後、二人のマケドニアに向かっている弟子と遭われ、彼らに告げられました、「キリストはこれらの苦しみを受けて、彼の栄光に入るべきではなかったのか?」(二六節)。この言葉は、彼が昇天する「前」であり、また彼の復活の「後」でした。このように、主イエスが復活し栄光を得られた後に、その霊はありました。彼が、朝早く復活し、夜に弟子たちの所へと戻って来られ、彼らの中に息を吹き込んで言われました、「聖霊を受けよ」(ヨハネによる福音書第二〇章二二節)。この霊は栄光を受けられたイエスの霊です。

旧約聖書全体に、「聖霊」という称号は見当たりません。「聖霊」というこの称号は、新約の中で、主イエスがまさに生まれる時、マリアの胎に身ごもられたとき、初めて使われました(ルカによる福音書第一章十五節三五節マタイによる福音書第一章二〇節)。ですから「聖霊」という称号は神が人とミングリングされることと関係があります。旧約の中では、神は単に神であるだけであり、預言者やある特定の人たちに神の霊が神からやって来て臨むことがあっても、彼は単に神であり、それ以上ではありませんでした。しかし、新約の中で三一の神(御子が、御父を伴い、その霊の中で)が肉体と成り、人となられました。彼はこの地上で三十三年半、人の生活をし、人の生活のすべてを経験されました。彼は死を経過し、それを征服し従わせ、わたしたちが見たように、復活の中に入って栄光を受けられました。これらすべての経験を通して、神の霊は神性、人性、人の生活、死の効力、復活の力など、すべての要素を含む聖霊として、わたしたちに来たのです。

わたしたちは、新約の聖霊と旧約の神の霊とは異なるものであることを認識しなければなりません。旧約における神の霊は一つの要素、神性だけでした。なぜなら、彼は単に神の霊であったからです。しかし、新約における今日の聖霊は神の性質、人の性質、キリストの死の効力、復活の力などを含む、多くの要素によって成っているのです。

「イエスの霊が……許さなかった」――使徒行伝第十六章七節
使徒行伝第十六章六節は言います、「また、彼らはアジアで御言を語ることを、聖霊に禁じられたので、フルギヤとガラテヤの地方を通って行った」。わたしたちはこの節の続きを読むなら、福音の宣べ伝えの中で使徒パウロを導いた「聖霊」は、「イエスの霊」であったことを見るでしょう。七節は言います、「彼らがムシヤに来た時、ビテニヤに入って行こうとしたが、イエスの霊が彼らを許さなかった」。「イエスの霊」は特別な名称です。その意味は「神の霊」とは異なっています。新約の中で、聖霊は神の霊の一般的な呼び方です。イエスの霊は神の霊の特別な言い方です。それは肉体と成った救い主の霊を指しています。この救い主は、人性の中のイエスであり、人性の生活と十字架の死を経過されました。このことはイエスの霊の中には神の神聖な要素だけでなく、イエスの人の要素と彼の人の生活、死の要素があることを示しています。

なぜ使徒パウロが、ある場所に福音を宣べ伝えに行こうとした時、「イエスの霊」がそれを許さなかったのでしょうか? わたしたちが使徒行伝第十六章を詳細に調べ、この章の環境を見るなら、イエスの霊の必要を認識するでしょう。その章には、多くの苦難と迫害があります。パウロは投獄されさえしました! そのような状況の中で、「イエスの霊」こそ真の必要でした。イエスは地上におられた時、絶えず激しい迫害を受けられた方です。ですから、「イエスの霊」は、苦難を耐える大きな力を持った人の霊です。彼は人の霊であると同時に、苦難に耐えることのできる霊でもあります。パウロが宣べ伝えた務めは、人の命の中で、人類のために、また人類の中で、苦難を受けた務めです。ですから、このようなすべてを含む霊が必要でした。

イエスは過去において人でしたし、今もなお人です。「イエスの霊」は、その人なるイエスの霊です。イエスの霊はイエスの実際です。わたしたちがもしイエスの霊を持っていないなら、イエスはわたしたちに対して実際ではありません。しかし、今日イエスはわたしたちに対して実際です。ですから、わたしたちはイエスの実際であり、また実際化としてのイエスの霊を持っています。イエスの霊は単に神の霊だけではなく、内側には神性があり、わたしたちに神聖な命を生きさせます。また人なるイエスの霊は、内側に人性を持ち、わたしたちに正しい人の生活をさせます。

「だれでも渇く者は、わたしに来て飲むがよい」――ヨハネによる福音書第七章三七節
ヨハネによる福音書第七章で、イエスが死と復活を経過し、その霊と成るその前に、彼は言われました、「だれでも渇く者は、わたしに来て飲むがよい」(三七節)。ここの「わたし」は、単に神だけでなく、人でもあります。わたしたちがイエスの所に来て、彼から飲むときに、わたしたちはイエスである方を飲みます。彼の神性を飲むだけでなく、さらに彼の人性をも飲みます。今日、わたしたちはどのようにイエスを飲むのでしょうか? それは死と復活を経過し、その霊と成った彼、すなわち栄光を得られたイエスの霊を飲むことによってです。

わたしたちが飲むのは単に神の霊ではありません。それはまた人の生活、死と復活を経過し、高く引き上げられた方の霊です。この中にイエスの引き上げられた人性があります。わたしたちのクリスチャン生活は、イエスの人性の標準にまで到達する必要があります。わたしたちはもはや堕落した人性を生きるのでなく、また天然の人性を生きるのでもなく、イエスの復活し、引き上げられた人性を生きます。

もしわたしたちが毎日、イエスの霊を飲むなら、わたしたちの最も内なる所から、生ける水の川々が流れ出ます(三八節)。わたしたち自身が命の流れとなり、自分自身を満足させるだけでなく、他の人をも満足させることができます。この命は奇跡的な方法で表し出されるのではなく、人性の方法で表し出されます。その他にもキリストのからだの建造のために必要な、種々の優れた人性の美徳(エペソ人への手紙第四章二節)は、すべてイエスの霊の中にあります。わたしたちがイエスの霊を飲めば飲むほど、主が必要としておられる建造にさらにあずかることができます。

記事は日本福音書房発行「ミニストリーダイジェスト」
第2期第1巻より引用

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